鬼怒川金谷ホテルの休日

第一回

息吹をつむぐ場所

ギャラリスト

菊竹 寛

ホテルのロビー

ホテルに到着して、ウェルカム・ドリンクの春のハーブティーをいただく。ロビーの天井には、ガブリエル・ロアールによるガラスを用いた大作「天女の舞」がきらりとした光を放ちながら来訪者を見守っている。ジョン・カナヤが作家と親交を深めながら、このホテルの象徴となる作品の制作を依頼したという。館内には他にもいたるところにロアールの作品が展示されていて、ひとつひとつの作品からジョンがロアールに制作を依頼したときのどのような話しをしたのだろうかと想像するのも面白い。自分の大切な場所を彩る作品にジョンはどのような思いを込めたのだろう?

ガブリエル・ロアール「天女の舞」

ダイニングに展示されているガブリエル・ロアールの4作品

ダイニングの壁一面にもロアールの作品が四点展示されていた。かつて東京麻布にあったレストラン「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」では、二点ずつ背中合わせに展示されていたそう。今は、もともとの姿を観ることはできないが、作品を受け継いだホテルが横一列に作品を配しているその様子は何ら違和感なく作品の魅力を伝えていた。ある意味では完成せざる姿で展示されているために、ジョンとロアールの対話の軌跡がそこに響いているようにすら感じさせる。

ダイニングルームを入ってすぐの部屋の中央には、ジョンが自邸のために特注したダイニングテーブルと椅子のセットが置かれている。子どもたちでも食事をとりやすいようにテーブルの高さや椅子の座り心地にも調整を施されたその椅子の背には、ホテルの、つまりは金谷家の紋が刻まれていて、そこでは今にもジョンやその家族が食事をとりにやって来そうで、一家を身近に感じた。歴史を物語る家具は触れられないように少し距離を置いて展示されていることも多いが、ここではその様相も異なり、例えばスタッフの方たちも時にはそこに腰掛け、ジョンならどのように考えただろう?と、アイデアを練ることもあるという。そのテーブルは遺物としてではなく、今も生きたものとして継がれているのだ。歴史を生きるとはこういうことなのかもしれない、と思わず感じさせられた。そのテーブルが置かれている同じ部屋でいただいた食事も、丁寧にその内容がひとつひとつ伝えられつつ優しい味わい。春慶塗の椀には吸物が美しく盛られていた。柔らかく煮ふくめた湯波と山菜、旬の蛤がふんわり香る。和を敬い洋を讃するという、長い時間の振れ幅がなければ実現しないもてなしを伝えるようだった。

ジョンとアーティストの、ジョンとホテルやスタッフの間に存在する息吹があちこちに感じられ、滞在者もきっとその息吹に触れることでこの場所の魅力に惹き込まれていくのだろう。

ダイニングテーブルと椅子のセット

菊竹 寛

菊竹 寛 〈きくたけ・ゆたか〉

1982年生まれ。タカ・イシイギャラリー勤務を経て、2015年夏、東京六本木にYutaka Kikutake Galleryを開廊。生活文化誌『疾駆/chic』の発行・編集長も務める。

『鬼怒川金谷ホテルの休日』とは‥‥
作家やアーティストをはじめ、鬼怒川金谷ホテルを愛好してやまない、注目のクリエーターが綴る滞在記です。

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