鬼怒川金谷ホテルの休日

第五回

光と音につつまれて

写真家

藤井 春日

カメラ

旅は憧れと想像で出来ている。そして帰ったあとの余韻は、優しい感情と共に心の中に言葉として、カメラの中には光の映像として残されていく。

私の旅は、鬼怒川温泉駅に向かう黄金色の電車、スペーシアきぬがわで始まった。

なぜこの美しいホテルは鬼怒川のほとりにあるのだろう。それを知るために、川の音を聞きたいと思った。橋の上からのぞく川はとても大きくてゆったり流れていて、なによりブルーとグリーンの混ざりあった色がとても美しい。少し上流に行くと、深い渓谷になり、水の音も大きくなり、触れることができるほど近くで見ることもできた。限りなく岩を流れ落ちる豊かな水、深い森、風と水の音しかしない世界。

ホテルに入った瞬間の、光や空気はいつも忘れることができない。その瞬間にまた新しい物語が始まるから。

ホテルの床

水面

やさしい午後の光が差し込んでくる。天井のスカルプチャードグラス「天女の舞」は力強い色で、その下のカサブランカの真っ白な花との対比がものすごく美しい。ここではきっと大きな声は似合わない、静かな心の中の声が聞こえるに違いないと感じた。

ラウンジの椅子は鬼怒川の方向に向いていて、ここでは一人で本も読めるし、まるで瞑想しているかのような時間さえ流れる。お気に入りの場所を見つけると人は本当にリラックスできる。部屋に通じる廊下を歩く時、ドアを開けて中に入る時の、胸のときめく瞬間。テラスは鬼怒川と対岸の山がとても大きく見える。

部屋の中にあった、「西洋膳所 ジョン・カナヤ ものがたり」という本を一気に読んでしまう。ホテルの歴史がわかり、色々な謎がとけていく。「和敬洋讃」といわれるその美学が、長い歴史の時間のあいだ保たれ、熟成していく様子がわかり、さらに滞在がおもしろくなる。和の居心地の良さと控えめなたたずまい、洋の美しさや華やかさ、両方が存在する世界が、ずっと大切にされてきたこのホテルに感動する。

少しの緊張感は気持ちがいい。ホテルの方々のすっと背の伸びた誇りを持った姿やおもてなしに、こちらもちゃんとしたいと思う。昼間のスニーカーを脱いでエナメルの靴とワンピースに。もしジョン・カナヤがいたら、もっとおしゃれにしないといけないかもしれないけれど。

ステンドグラス

ダイニングの入り口は、最もお気に入りの美しいスカルプチャードグラス「フルーツバスケット」。一人で食事をするのはもったいないくらい、美しく繊細なメニュー。アミューズと前菜は特に記憶に残る。伝説の一品、雲丹の金谷玉子、前菜は地元の春山菜や日光豚が使われている。そして農園の野菜がとてもおいしい。ここにも、伝統の懐石料理と、西洋料理がミックスされた美意識を感じる。食事が終わると、ラウンジのスイーツワゴンへ。夜の光は、あたたかい色で室内も、ラウンジ外の木々を照らしている。ダイニング内の光、ラウンジの光、その優しい光がずっとホテルの記憶として残る。

青い空の色を反射する、露天風呂のお湯は優しく気持ちいい。部屋の明かりを消して、大きな空の星の数を数えた。

夜、鬼怒川をわたる風の音がした。強く大いなる存在に心がときめいた。目を閉じると、昼に見た美しい鬼怒川の岩場の上や滝に、鳥になって飛んでいけそうだった。

藤井 春日

藤井 春日 〈ふじい はるひ〉

東京生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、写真表現の道へと進む。広告写真、ムービー撮影等、活動のシーンは多岐にわたる。昨年、写真集「Wandering forest /迷子の森」を発売。

『鬼怒川金谷ホテルの休日』とは‥‥
作家やアーティストをはじめ、鬼怒川金谷ホテルを愛好してやまない、注目のクリエーターが綴る滞在記です。

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