Special Interview
Vol.2
コラムニスト、美食評論家
中村 孝則氏
文化や嗜好品に関する知見を広範に持たれ、海外にも精通するなど、ジョン・カナヤ氏と共通点が多いと感じますが、ジョン・カナヤ氏をどのような人物と想像しますか?
ジョン・カナヤ氏は西洋的なカルチャーを日本において根付かせた人物で、文化を愛し、無駄を愛せる人だと思います。例えばシガーもショコラも生活の必需品ではないので、ややもすると無駄と捉えられますが、シガーもショコラもある種の豊かさの象徴とも言えますし、無駄の中に楽しみはあり、遊びにも美意識があります。彼のように文化的な遊びを大事にしていきたいです。
お酒やシガー、ショコラにもお詳しいですが、生活や旅の中で、こういった嗜好品にこだわりを持つ理由や思想について聞かせてください。
お酒もシガーもショコラも一人の時間でも、誰かとシェアしても豊かな時間になります。これらは天然のもので、シガーはタバコ葉、ショコラはカカオの木の実です。これらを上質な時間にできる、しかも人と分かち合えるというのは趣味性が高く文化レベルの高いものではないでしょうか。 私はお茶の精神に近いと考えていて、言ってみればお茶もただの抹茶ですよね。それを文化にできているというのは日本の素晴らしさだと思います。そういう時間の過ごし方というのが今の時代、ますます重要になるのではないでしょうか。
鬼怒川金谷ホテルのシガーサロンはゲームテーブルを設置し、ジャズが流れる中、嗜好品を味わえますが、このような空間をどう思われますか?
見過ごしてしまいがちですが、価値のあるものだと思います。シガーの煙は酔い感もいいですし、気持ちもリラックスするのですが、それ以上に時間を吸うものなので、上質な空間でなければもったいないですね。特にシガーは大きいものであれば、1時間半くらいかかり、まさに時間を過ごすためのものなのです。そこの時間をどれだけ上質にしていくか意識して環境を整えるものではないかと。シガーは劣化しやすいので湿度管理など、いかにいい状態をキープしていくか、サービスする側の力量でもあります。
中村様は「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務めていらっしゃいますが、最近、「ガストロノミー」という言葉を耳にします。ガストロノミーについて説明いただけますか?
ガストロノミーは昔からある言葉ですが、日本語ですと「美食学」というような意味で、美食とは素材や調理法、それを食べるレストランなどの施設も含まれ、食べることの文化的なレベルまで包括して捉えたもので、総合的な美食体験のことを言います。 最近は「ローカル・ガストロノミー」というキーワードも少しずつメディアで使われるようになり、グローバルからローカルへ、地域の食の魅力を人々が求めるようになってきたという世界的な大きな流れがあります。国、地域ごとにその土地で食べられてきた食材、食品加工、レシピがありますが、その点で日本はどの地域も食べ物の宝庫です。
2002年に惜しまれつつも閉店した「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」の料理には「箸で食すフレンチ料理」というコンセプトがありましたが、このような洋と和の融合をどのように捉えていますか?
お箸に象徴されるように、西洋の料理を日本で食べるわけですから、フランス料理でもイタリア料理でもない、日本で解釈した西洋料理です。日本の食材を使い日本人の坂井宏行シェフが作る。和のエッセンスとオリジナリティが西洋と融合して、そこの落としどころがとても素晴らしいと思います。海外では食べられない料理ですし、懐石料理のエスプリや献立の作り方、盛り付けの仕方にも日本の影響を感じます。
中村様は世界中をまわられていますが、旅そのものの楽しさを教えていただけますか。
今は実際に旅をせずにインターネットで情報を得られますが、体験しないとわからないことは多く、その最たるものが食事だと思うのです。再現性がないものなので食べてみなければわからないですよね。食事を軸に旅をすると、国なり土地の背景もよく理解できるので、食べるということはとても重要ですね。 場所や国が違えば価値観も違う、そこが旅の楽しさであり、そういった部分を自分で体験して、人に伝えることでより多くの方の旅に行くきっかけとなればうれしいです。自分自身が体験することを楽しみ、大切にすることにより、今の時代、何をもって豊かと呼べるのか、さまざまなものさしで測りながら伝えていきたいです。
ご自身でくつろぎやリラックスのためにされていることはありますか?
先ほどもお話しましたが、シガーを吸う時間、茶室でお茶を飲む時間は、五感が解放されます。またホテルで過ごす時間もリラックスしますね。温泉もスパもよく利用します。血の巡りが悪くなると頭の回転も鈍くなりますし、体も血行を良くして健康にしていきたいので気を遣っています。 今、温泉が見直されていて雑誌など温泉特集がとても多く、人気のコンテンツです。皆さん、ストレスが溜まっているのでしょう。解放できる場所が必要です。
ご自身の求めるホテルはどのようなホテルですか。
大人っぽく仕立ててあるホテルがいいですね。融通無碍という言葉がありますが、必要な時は出て来て必要ない時は出て来ない。そういったことが大人のホテルでしょうか。それこそ鬼怒川金谷ホテルはゲストとの距離感が絶妙だと思います。情報に溢れ、ルールに縛られた日常から解放されたくてホテルに来ているので、そういったものから逸脱するのが大人のリラックスかもしれません。
海外はもとより、他のリゾートホテルや旅館とは異なる、鬼怒川金谷ホテルならではのお薦めの過ごし方、楽しみ方などありましたら教えていただけますか?
やはり渓流ですね。日本の夏の渓流の美しさは世界屈指です。自然の渓相の良さを海外の人たち、もちろん日本の人たちにも体感してほしいです。特に夏は緑が溢れ、川に直接触れられてフレンドリーになれます。渓谷と温泉がある奇跡のようなところです。 革新的で面白いことに挑戦していく老舗は何かしら光るものがあり、また訪れたくなります。上質な温泉もスパもシガーサロンもあり、湯煙とシガーの煙が両方楽しめるところは世界中見てもそうありません。世界に発信したい場所ですね。
中村 孝則
1964年生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからシガーまでラグジュアリー・ライフをテーマに雑誌やテレビ、講演にて活躍。「世界ベストレストラン50」日本評議委員長。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。