Special Interview
Vol.3
ラ・ロシェル オーナーシェフ
坂井 宏行氏
フランス料理と日本の伝統的な懐石を融合させた料理を開拓し、現在も料理人として第一線で活躍する坂井シェフのくつろぎの時間とは。
ホテルではどのように過ごされていますか?
仕事で利用する機会が多いですが、海外のホテルでは、余暇の時は朝と夜にジムでトレーニングをして、昼間はプールで泳いでいます。美食会など仕事が終わった翌日は仲間とゴルフを楽しみますし、その街の有名なレストランに連れて行っていただくこともあります。国内のホテルは正月に家族で過ごします。ホテルでしか味わえない雰囲気がありますから、たまにはいいですね。
日常でのくつろぎ方、リラックス方法をお聞かせください。
ジムやゴルフに行ったり、ロードバイクに乗ったり、体を動かすことでリフレッシュしています。家にいる時は片付けや掃除をしています。スッキリしますし、調理場もそうですが、次の作業がスムーズにいくように整理整頓してあります。だから掃除には結構うるさいですよ(笑)。リラックスできるのは仲間と美味しい食事に行く時間です。この料理の材料は何かとか仕事のことは考えず、素直に料理を楽しみます。ダイニングのざわざわしているところが好きで、食べている表情を見て、あっちの料理美味しそうだなとか。ダイニングでみんなが食べている姿も、ざわめきもご馳走のひとつですね。
秋の旅行の醍醐味は何でしょうか?
秋はきのこやジビエなど食べ物が美味しくなる時期ですし、紅葉など景色も変わり、郷愁に駆られたり、他の季節とは心持ちが違いますね。美味しい景色、美味しい食べ物、美味しい香りを一番感じられるのが秋だと思います。
「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」の初代シェフを務められましたが、ジョン金谷鮮治氏の哲学や美学をどう受け止めていましたか?
鮮治氏は温厚でありながら豪快な人で、リンカーンに乗り、手には葉巻といった出で立ちで、非常にお洒落でした。お洒落は料理につながると思っていますので、料理も一つのファッションとしてお皿の中のアートを大切にしています。料理はプラスマイナスの世界ですから、どんどん味を足してしまうとわからなくなってしまいます。何を引いてシンプルにその物を召し上がっていただくか。シンプルな料理ほど料理人にとっては勇気が必要です。彼は美食家ですから、そういったことも教わりました。伝統的な懐石料理を取り入れた新しいフランス料理を作り出すチャンスをいただき、その時に学んだことが今の自分の料理の原点になっています。
ジョン金谷鮮治氏とフランスにも行かれたそうですが、どんな経験をされましたか?
シャンゼリゼ通りのこぢんまりしたおもてなしのいいホテルに泊まりました。朝からカフェに行き、コーヒーを飲んでフランスの朝を感じました。夜はビストロに行くのですが、そこで初めてホワイトアスパラガスを食べました。フランスにいた時期が6月で、旬のホワイトアスパラガスは大きくて甘くて美味しかったです。それで毎日、同じ店に通ってホワイトアスパラガスとコーラを頼んでいました。3日目くらいから何も言わなくても出てくるようになりましたね(笑)。フランスでは様々な所を回り、私はお皿が好きなのでお皿や小物をみつけて持ち帰りました。「いい物を使いなさい」と鮮治氏はよく仰っていて、「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」でも、好きなお皿を使用することができました。いい物を見る目、いい物を大事に使うことを教わりました。
本日は、渋谷のクロスタワーでインタビューをさせていただいておりますが、以前、こちらのビル(旧:東邦生命ビル)に「ラ・ロシェル」があったそうですが…
店は最上階にありました。眺望が素晴らしく、スターや著名人も多くいらして、いい時代を経験しました。震災がきっかけで撤退を余儀なくされ、閉店を決めたときは断腸の思いでした。二度とこの場所は手に入らないだろうと。今もあれば、こんな気持ちでいられただろうかと思うし、無くなったからこそ、たくさん学んだ部分もありますし、いろんな思いがあります。
その後、2015年にこちらのビルの1階に「イル・ド・レ」というビストロが開店したのですね。
フランス、港湾都市のラ・ロシェルから橋で渡った島の名前が「イル・ド・レ」です。壁を無くして、パリにあるオープンカフェのような賑やかな雰囲気にしました。チョークアートが得意なスタッフが店の黒板も描いていて、遊び心がある店です。
若い料理人の方々に仕事で行き詰ったときの脱出方法などのアドバイスとエールをお願いします。
誰でも息詰まることはあると思います。いつまでも考え込むと余計苦しくなって、腕も動かなくなってしまうので、「一日は24時間。24時間来れば終わる」という気持ちに切り替えれば心にも余裕ができるのではないかな。夢や目標を持ち、小さなことでいいから実現していくことで前に進んでほしい。いつもスタッフに言っているのは「店で力を出してくれるのは80%でいい。あとの20%は自分のために使いなさい」という言葉です。100%、120%の力で続けていたら1週間も持たないと思いますよ。家族と過ごしたり、勉強したり、食事に出かけたり、その時間があってこそ、「明日も頑張ろう」という気持ちになれると思います。
今後の夢や抱負はなんでしょう?
夢は生涯料理人です。いつか退くことがあれば、半年は海の見える所で生活したいですね。ゴルフ、釣り、遊び三昧で(笑)。じっとしているより、動いている時の方が元気でいられるので。国やジャンルを超えて、いろんな人といろんな国を食べ歩くのも楽しい人生ですし、そのためにも健康であることですね。健康であればどんなことでもできますからね。
坂井 宏行
1942年生まれ。17歳でフランス料理の世界に入り、1971年に「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」の初代シェフに就任する。1980年に「ラ・ロシェル」を開店。テレビ番組「料理の鉄人」に出演し、一躍有名に。