issue 13
西洋膳所ジョン・カナヤ麻布や鬼怒川金谷ホテルを創業した、ジョン・カナヤこと金谷鮮治。彼が愛したスコッチ「ジョニーウォーカー」。同じ〝ジョン〟を愛称にもつウィスキーとホテルマンが交差するラグジュアル・ストーリー。
産業革命以降、栄華の頂点にあった20世紀初頭のイギリス。ロンドンの繁華街ピカデリーで人気を博したスコットランド産ウィスキーがありました。
スコットランド南部キルマーノックのいくつかの蒸留所で醸造された上質なウィスキーをブレンドし、ボトリングしたスコッチは、その名も「ジョニーウォーカー」(Johnnie Walker)。キルマーノックで食料品や雑貨の流通業を営んでいたウォーカー一族が手がけたウィスキーで、創業者ジョンの愛称ジョニーをウィスキーの商品名にしたのでした。
アメリカがゴールデンエイジと呼ばれた1920年代。ジョニーウォーカーのラベルには、金色のシルクハットにステッキ、赤い燕尾服という人目を引くいでたちのスコットランド紳士「闊歩する男」(ストライディングマン)が描かれるようになります。ボトルの形状も、隙間をつくらず効率的に荷箱に詰められるよう四角形にデザインされました。そうして、高級スコッチを満載した商船が、アメリカへ次々出航してゆきます。
ラベルの景気良く闊歩するストライディングマン、そしてユニークな四角いボトルは銘スコッチ「ジョニーウォーカー」の忘れえないシグネチャーとなり、世界的に販売されていったのでした。
そんなジョニーウォーカーの確かな味を認め、ウィスキーをめぐる物語に魅了されたのが、鬼怒川金谷ホテル創業者、ジョン・カナヤこと金谷鮮治でした。鮮治のクリスチャンネームがジョンだったこともあり、鮮治はこのスコッチに共感をおぼえ、深く愛するようになります。
ダビドフの太い葉巻をくゆらし、片手にウィスキーの入ったタンブラーをもつ鮮治は、自分と同じ愛称のスコッチを、もっと日本の紳士淑女にも知ってもらいたいと願うようになりました。
いまでこそ、年間二億本が世界中に流通し、最もポピュラーになったスコッチのジョニーウォーカーですが、戦後1960年代の日本では、ボトル一本の価格がサラリーマンの平均月給の3分の1に相当する超高級酒でした。輸入ウィスキーは当時の日本人にとってはまさに高嶺の花。その本格派スコッチの味と魅力を知る愛好家もごく少数でした。
1971年、金谷鮮治は東京麻布の金谷ホテル観光株式会社本社ビル内に伝説的なレストラン「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」をオープン。好評のレストランに続き1976年には英国酒場「ジョン・カナヤ」をオープンしました。
当時、鮮治はあるオーダーをだしたといいます。それは、金谷鮮治が惚れ込んだフランスのスカルプチャードグラス・アーティスト、ガブリエル・ロワールに、「ストライディングマンをステンドグラスに仕立ててほしい」という破格の注文でした。
結局、完成したロワールの作品が英国酒場ジョン・カナヤや西洋膳所ジョン・カナヤ麻布で使われることはありませんでした。
しかし、現在、この貴重なグラスアートは、鮮治が夢見た鬼怒川金谷ホテルのシガーサロンを飾り光り輝いています。
煉瓦造のファサードと飴色に輝く木彫ドア。それだけでも、1990年代の麻布では異色の外観。さらに、小暗い店内には、英国調家具とどっしりとした木のカウンター、煉瓦、銅、スレートを基調にした重厚なインテリア。英国酒場ジョン・カナヤには、ロンドンのオーセンティックなクラブサロンの空気が漂っていました。
1990年代後半にバーテンダーとして英国酒場ジョン・カナヤに入社し、その世界観に魅せられた山嵜 仁さんは、当時をこうふりかえります。
「まず、知識も個性も豊かなお客様が他のどのお店ともちがいました。バーテンダーの私にも、きちんと帽子をとって『お暑うございます』と深々と一礼し、ご挨拶してくださいます。本物の紳士淑女でしたね」。山嵜さんは、洋酒や料理のみならずバーの精神や紳士の遊び心と嗜みを常連のお客様たちからも学んだといいます。
そんな、山嵜さんの記憶に残っているのが、ジョニーウォーカーにまつわる思い出。
「お店の壁面の一つに、ジョニーウォーカー専用のボトル棚が設えてありましてね、造り付けの棚は、一段一段、ジョニーウォーカーのボトルが一列にぴったり収まるよう高さと幅を設計されていました。たしか、金谷鮮治氏のオーダーで特注されたと聞いています。ハイグレードな英国高級酒が壁一面をうめている光景は壮観でした。英国酒場ジョン・カナヤでも一番多くでたお酒はジョニーウォーカー。ブラックラベルはもちろんレッドラベルもハイボールなどにして、日常的に親しまれていました」。
現在、山嵜さんは東京日本橋の堀留町でバー「月のうたた寝どころ…モン・クール」を営んでおられます。その看板カクテルの一つ、オリジナル・マティーニは、英国酒場ジョン・カナヤ時代の「カナヤマティーニ」をバージョンアップさせた逸品。
「ベルモットの代わりにドライシェリーをつかいます。シェイクするとジンの尖った味香が、よりまろやかに深みを帯びたテイストに仕上がりますね。私の作るカナヤマティーニは食前酒として好評でした。いまのお店にも英国酒場ジョン・カナヤや西洋膳所ジョン・カナヤ麻布の頃からのお客様が常連としてお見えになります。そうしたお客様にうちのマティーニをおだしすると、『英国酒場ジョン・カナヤを思い出させる味だね』とおっしゃり、微笑まれるのが嬉しいですね」。
2021年5月掲載
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