issue 8
鬼怒川金谷ホテルの名物料理といえば、お客様のだれもが想いうかべる「金谷玉子」。創業者・ジョン金谷鮮治と「料理の鉄人」として知られる坂井宏行シェフが考案した、この奥深い逸品は、三十年以上にわたりお客様に愛されています。今回は、グルメの可能性の卵ともいうべき「金谷玉子」の魅力と来歴をご紹介いたします。
ジョン・カナヤこと金谷鮮治が「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」を西麻布の重厚なコロニアル風赤煉瓦ビルでオープンしたのは、1971年。大阪万博の翌年で、日本は高度成長期のピークにありました。白い箱型のコンクリートマンションやコンドが全盛期だった閑静な界隈で、重い木のドアを正面に構える正統派ヨーロピアンスタイルのレストランは、さぞ存在感があったことでしょう。
ジョンは若き坂井シェフを招き、のちに伝説のレストランとも評される「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」をたちあげました。「膳所(ぜんどころ)」とは、皇室の御厨所(みくりどころ)、つまり、厨房の意味。ジョンと坂井シェフは日本伝統の懐石料理の技と味をフランス料理にとりいれた、鮮烈なメニューを次々とうちだし、小原豊雲をはじめとする麻布のグルマンを夜毎うならせていました。のちに、「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」は「和のヌーヴェル・キュイジーヌ」発祥の店として、日本のフレンチ・レストラン史に名を刻みます。
そして、「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」が、稀代の高級フランス料理店として話題になっていた、ある年。坂井シェフが、珍しい卵のスペシャリテを、文字通り、生みだしました。
小野幸恵著『西洋膳所ジョン・カナヤ麻布ものがたり』(春陽堂書店)を繙くと、「鮮治に連れられ、初めてパリに行った時、レストラン『パクトゥール』で出された卵料理に坂井は感動した。それはウォッカでフランベされた卵にキャビアが添えられたもので、これをヒントに坂井が考えたのが、オリジナルの『卵のパクトゥール』。坂井のパクトゥールは、卵の殻に雲丹とサバイヨンソースを入れ、これをウォッカでフランベする。このフランベを客の前ですることで、料理ばかりでなくパフォーマンスも評判になった」とあります。
そして、この「卵のパクトゥール」こそ、「金谷玉子」の前身となった看板料理でした。
「ムッシュ(坂井シェフの愛称)が〝卵と雲丹のマリアージュ〟と呼んだ、雲丹とキャビアの金谷玉子を受け継ぎながら、さらに日々前進していく、新しい金谷玉子をご提供していきたいですね」。
そう語るのが、いまの鬼怒川金谷ホテルの山内料理長。日々前進というのは、伝統懐石の料理人ならではの考え方です。それは、四季折々に毎日変化する旬の食材をあつかいながら、その時にしか食せない一期一会の「金谷玉子」を、お客様に心をこめておだしするということ。
「鬼怒川の金谷玉子は、季節や気候によって食材も作り方もちがってきます。本日の金谷玉子は、あえて、ムッシュの雲丹とキャビアを踏襲していますが、からすみ、いくらなどもいいと思いますよ。こちらは和食ですので、サバイヨンソースのかわりに特製鶏出汁をつかいます」と、山内料理長。
新鮮な那須地養卵にスープをくわえたものに、あん肝やフカヒレ、魚介などをまぜ、オーブンでやわらかく蒸し煮します。スープは地鶏のモミヂやガラなどを半日ほど炊いたもの。
「茶碗蒸し状になった玉子に銀あんをからめます。この銀あんも鶏出汁を基につくりますが、鶏と鶏をあわせるから新鮮な玉子と極く相性がよいのです。これも伝統和食の技ですね。春なら、菜の花や蟹みそ。冬なら、蕪や湯波というふうに。四季によって旬もちがう食材を相性よくとりいれられるのも、金谷玉子の魅力です」。
先を切り落とした卵殻のなかに、いったい、どんな食材がはいっているのだろう、と、つい想像をふくらませてしまう、このお料理。一口食してみれば、卵の中に驚きの旬の美味が秘められています。
匙で金谷玉子を掬い頬ばると、とろりと熱い味わいの奥から、あん肝、玉子、鶏などの滋味深いハーモニーがふんわりただよってきて。最後は、雲丹とキャビアがマリアージュする、なんとも斬新な香味と食感。すると、「和食の茶碗蒸しは、蒸物というより汁物。ですから、金谷玉子も匙でかきまぜていただき、食間のスープのように味わってもいただけます」と、料理長の一言。
たしかに、「金谷玉子」は、和洋食のマリアージュの粋を、ちいさな卵にぎゅっと凝縮したようなメニューです。
和食と洋食の技と旨味を存分にひきだしながら、時代にあわせて変化する「金谷玉子」の愉しみ。それは、まさに、これからのグルメを占う、〈食の可能性の卵〉のような一品です。
鬼怒川金谷ホテルのあとは、KANAYA RESORT HAKONEと平河町かなやの「金谷玉子」も、味わい比べてみてください。
2020年2月掲載
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