issue 21
京都懐石料理を主軸に名門ホテル、国際企業の総料理長として活躍した
現・金谷ホテル観光グループ総料理長 青山憲正のグルメトロジー。
銀髪と柔和な微笑が印象的な熟練の京懐石料理人・青山憲正は、京都と東京でキャリアを積み重ねてきました。金谷ホテル観光グループのアドバイザーとしてスカウトされましたが、引き続き、グループを束ねる総料理長に就任しました。
「三十三歳の時にザ・プリンス京都宝ヶ池で和食部門の料理長を任されました。多い時は一日五百食を作るホテルでしたね。当時、そのホテルの茶寮には政府要人や国賓が来訪されてお食事を愉しまれていました。VIPの懐石料理は料理長自らが一人で作り、ご提供するのが通例でした。料理長としても一料理人としてもいい経験を積ませていただきました」と振り返ります。
その後は西陣で京割烹店をオープン。テレビや雑誌から多数の取材を受けた人気店でしたが、五十歳を目前に新たなチャレンジに挑みます。
その挑戦とはサントリーホールディングスがメキシコで経営する日本食レストラン部門の総料理長に、という誘いでした。
「メキシコは私の人生の転機となりました。異国の方に和食を教え、後進の料理人を育成する喜びに目覚めたのです。外国人料理人を対象とした和食ワールドチャレンジでは、私の教え子がチャンピオンになりました。現在は、鬼怒川温泉ホテルの厨房で働くインドネシア人女性が同コンテストで決勝進出を果たしています」と嬉しそうに破顔します。
では、青山総料理長は鬼怒川金谷の味と伝統をどう考えているのでしょう。
「老舗は常に新しい、というグループの経営理念に共感しましたね。金谷流懐石料理がテーマとする和敬洋讃は、いわゆる和洋折衷料理ではないと思います。それは日本料理の技と作法が基礎となり、洋食と絶妙に対話して進化する和懐石です」と言う。
「総料理長としての私の職務は、お客様がどの金谷ホテル観光グループのホテルやレストランでお食事をされても、安心して、美味しい、と笑顔でご満足いただける、高品質に統一された美食を確立することです。しかし、それがゴールではありません。私がイメージするのは、ホテルではあってもカウンター割烹のように、お客様と料理人が対話しながら当意即妙のタイミングでご提供するお料理です。一般のホテルや旅館の作り置き料理ではなく、作りたて、できたての美食を絶好のタイミングでご賞味いただくこと。それには厨房全体で一二〇パーセントの努力と献身が必要です。当たり前で満足するのではなく、常に進歩を志して」と、笑顔の中にも凛と厳しさを滲ませて語ります。
令和五年からは、鬼怒川金谷ホテル料理長も兼任する青山総料理長。これからどんな金谷流懐石料理を築き上げていくのでしょう。
「お客様に心からご満足いただける美食をご賞味いただくことが肝要です。初めてのお客様にも、常連のお客様にも、また鬼怒川金谷ホテルに泊まって、あの料理を食べたいね、と。懐石料理の極意はまず見た目、次に香、最後に味と言われます。ワインのテイスティングと同じですね。その順番は料理人がお客様をおもてなしする順番、味わうという行為はコミュニケーションでもあるのです」と青山総料理長。
「京都のカウンター割烹店の良さは、お客様と料理人が一対一で会話しながら、その時々のお好みの気分で、その場で作りたての料理をお出しできるということですね。残念ながら鬼怒川金谷ホテルの料理人がお客様と直接お会いする機会はありません。ですが、料理人は厨房でお客様の姿を想い浮かべ、お客様と懐石料理を通じて対話しています。そういうライブ感というか、おもてなしの心が伝わるお料理を一皿一皿ご提供したいですね」と語る胸中では、京割烹と総料理長の経験と知識が繋がっているようです。
「今春の献立でいうと、前菜は一見、元来の和食では演出できない、フレンチやイタリアンの華やかなエレガンスがあります。それは現代の日本人が感じる春の華やいだ気分です。その気分を八寸や先付のルールに囚われず、まず料理の見た目で印象的にお見せすること。お箸で食べる洋食があるなら、ナイフとフォークで食べる懐石料理があってもいいわけですし。それから、名物の金谷玉子をコースの冒頭ではなく中盤でお出しするよう工夫しています。やっぱりお客様にとっては、茶碗蒸しは最初より後の方がええんやないか。そんな単純明快な発想です。鬼怒川金谷の伝統を尊重しつつも、慣習を堅持するのではなく、お客様の今の気分を重視して、そのお心と会話するように、柔軟な発想でご提供できる美食にしたいですね」とも語ります。
そして、青山総料理長の情熱は鬼怒川金谷ホテルのみならずグループ施設の鬼怒川温泉ホテルにも注がれています。「鬼怒川温泉ホテルのお客様から、窯焼きピザとローストビーフが美味しくなったね、とお褒めいただきました。ピザはお客様の注文を受けてから一つ一つその場で焼くように変更しました。ローストビーフはあえて厚切りにし、お肉がよりジューシーでやわらかい食感になりました。
金谷流懐石料理も同様ですが、料理はすべからく、お出しするタイミングが命です。いくら食材や技量が優っても、食べるタイミングを逸した料理は不味い。その逆の発想で、ブッフェ形式のお料理ではあっても、食するタイミングを適切に設定できればいくらでも美味しくなります」と青山総料理長。
京懐石料理界の練達にしてホテル総料理長という青山総料理長の言葉からは、新たな鬼怒川金谷の美食とおもてなしの心が浮かび上がってくるようでした。
2024年2月掲載
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