issue 22
明治にイザベラ・バードが讃えた中禅寺湖畔は、欧米大使館や保養所が並ぶリゾートへ。
そこでは華麗な和洋折衷料理と共に日光産ビールが供されました。
日光の歴史を継承する金谷ホテル観光のビールとブリューワーの物語。
当館でご賞味いただける「煌めきのクラフトビール」シリーズ、「フルーツバスケット1931」、「美食の神1973」、「メディテーション2031」。グループを象徴するアーティスト、ガブリエル・ロワールのスカルプチャードグラスアートが描かれた美しいラベルが眼を魅きます。
その原点こそ、奥日光の新進気鋭の造り手、株式会社三本松茶屋のNikko Brewingが醸す「Nikko Belgian」シリーズなのです。
奥日光の地下水、男体山水系の清水で醸す地ビールは、いま、全国のビールファンから注目されています。繊細な金谷流懐石料理から金谷流鉄板懐石まで幅広いお料理とマッチする懐深いビール。専務取締役の鶴巻康文さんは「この『煌めき』の母体となったのが『Nikko Belgian』シリーズ、お料理とのカップリングに特化したビールです。
中禅寺湖畔には、昭和三年(一九二八年)にベルギー王国大使館別荘が建ちました。そこでは晩餐にあわせて、ベルギー製造法のビールが供されたのです。私達は当時のレシピと歴史を徹底的にリサーチし、クラフトビールの起源としてのベルギービールを現代に復刻したのです」と語ります。
こうして栃木のテロワールと歴史に根ざした、風格ある美食のためのビールが誕生しました。
ところが鶴巻さんたちのゴールは、通常のクラフトビールの造り手たちとは一線を画すものでした。「クラフトビールを極めるためではなく、地ビールをきっかけに奥日光をより多くの方に知っていただく。地域振興のためでした。
『THE NIKKO MONKEYS』シリーズの下田昌克さんのポップなイラストもビール職人の目線ではないし、じつはサイダーでもよくて、たまたまビールなだけでした。当初は『明日はオレンジジュースをつくるかもよ』とよく冗談を言って」そう鶴巻さんは笑います。
当時のメンバーは全員、ビール醸造未経験者であること。業界の既成概念に捉われず、ビールはあくまで観光の呼び水…そんな破格の姿勢を「現実ばなれしている」と難ずる業界人もあり、困難も多々あったそう。
「世間に認知してもらうため、経営陣は大きな賞をめざしました。ところが職人気質の醸し手たちが首を縦にふらない。説得と試行錯誤を重ね、二〇二〇年に日本産ビールの最高峰賞、ジャパン・グレートビア・アワーズで金賞と銀賞を。二三年にはインターナショナル・ビア・カップで金賞と銀賞を獲得しました。JGBAの金銀受賞の報を受けたのは埼京線の車中。夜十時の車内で号泣しましたよ」と鶴巻さん。
「歴史ある金谷ホテル観光さんのオリジナルビールを醸せることは、私達の誇りです。日光の素晴しさを世界に発信することが私達の使命ですから」そう笑顔で、鶴巻さんは力強く仰言いました。
「日光は歴史的に、酒造にとても適した土地柄ですね。いまも栃木県には三十の酒造メーカーがあります。片山酒造さんもそうですが、古くからの酒蔵は、創業者が日光の水に惚れこみ、そのまま移り住んで酒造りを始めた事例も多い。そうした旧家では酒も料理も飲み水もすべてそこの井戸水で賄います。わが家の三本松茶屋もそうなんですよ」と鶴巻さん。
「THE NIKKO MONKEYS」と「Nikko Belgian」も男体山水系の甘くやわらかな天然水をつかって醸すそう。その清水は、酒造のみならず、お茶を煎じたり、ホテルや旅館の調理用水としても重宝されているとか。
「ビールに適した麦芽や酵母の原材料は海外から輸入せざるをえません。しかし、天然水、そしてクラフトビールの可能性を広げるフレーバー用の副原料、苺、柚子、山椒は栃木の名産品でもあります。山椒は男体山の麓に自生するものをつかいます。じつはビール造りにおいて世界的に稀少な副原料は、柚子、なんです。
以前、アジア随一のトップクラフトビールメーカー、タイフーブルーイングとコラボ企画をしたことがありました。台湾は副原料となるフルーツが豊富で、マンゴー、パパイヤ、なんでもあります。フルーツビール界のサラブレッドです。しかし、彼らにとって喉から手がでるほど欲しい柚子だけは、日本地産の果実なので入手困難です。
また、当社は特許技術として、柚子を『単細胞溶液加工』してクラフトビールを醸しています。それが『Nikko Belgian』の第三弾となる『Yuzu Saison』です。単細胞溶液加工とは、副原料の果実の細胞を壊すことなく溶液化できる技術です。よってフルーツ本来の個性と風味を最大限活かした、酸味と香り豊かな天然水ビールができるのです。2024年からは、栃木県の主力苺『とちあいか』だけを贅沢につかった『THE NIKKO MONKEYS STRAWBERRY』もリリースされています」そう鶴巻さんは語ります。
日光の銘ビールと知られるようになったNikko Brewingのクラフトビール・シリーズ。では、金谷ホテル観光グループとコラボレーションした「煌きのクラフトビール」シリーズは、どんなお料理とマッチするのでしょう。
「Nikko Belgianは奥日光発祥の和洋折衷料理の歴史を踏まえていますから、金谷流懐石料理に好適なビールです。芳醇で苦味の強いイギリス生まれのペールエールも、和敬洋讃のお料理と相性がいいですよ」そう答えるのは、鬼怒川金谷ホテル・アルコールドリンク担当の野口さん。
「初めてこのクラフトビールをお召し上りになるお客様には、乾杯の時に、フルーティーな白ビール『フルーツバスケット1931』をお薦めしています。当館でのお食事とご宿泊の記念に、ガブリエル・ロワールの作品がラベルになった『煌めき』シリーズをご賞味されるお客様が多いですね。和風ビーフシチューやとちぎ和牛ステーキに合わせるなら、ペールエール。よく焙煎されて色味の濃い、ビターで重みのある『メディテーション2031』でしょうか。その中間のオレンジアロマ『美食の神1973』などは、コクがあってキレがある、上質な脂と香しい風味の那珂川水系産鰻と相性が抜群ですね」と野口さん。
鬼怒川金谷ホテルを含め、ほぼ栃木県内でしか味わえないNikko Brewingのクラフトビール。鬼怒川金谷ホテルに宿泊の際は、必ず「煌めきのクラフトビール」を所望されるビール通のお客様もいらっしゃいます。
野口さんは、こんなエピソードも紹介してくださいました。「以前、お泊りのお客様で『煌めき』の全種類をディナーで飲まれた方がいらして。お帰りの際、ガブリエル・ロワールのラベルをボトルから丁寧にはがして差し上げたところ、『記念になります』と大変喜んでおいででした。
1931から2031まで順番に飲まれると、金谷ホテル観光と日光鬼怒川の奥深い歴史にふれる気がいたします。ロワールの美しいラベルアートとともに、日光産ビールの奥深い風味が、時間の厚みを物語るのかもしれませんね。鬼怒川金谷ホテル滞在を記念する美酒としても、ご堪能いただけたらとても嬉しいです」
(取材協力 株式会社三本松茶屋 専務取締役/鶴巻康文さん)
2024年5月掲載
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