issue 25
江戸時代の天保13年(1842年)から、日光市で純米酒を醸し続ける渡邊佐平商店。
鬼怒川金谷ホテル・ドリンク部門担当の野口涼太が酒蔵見学を体験しながら、日光の純米酒の魅力と可能性、金谷流懐石料理とのペアリングについて、渡邊佐平商店代表取締役の渡邊康浩さんからお話を伺いました。
渡邊康浩(以下、渡邊) ちょうど、うちの酒蔵では冬の仕込みの最中です。酒蔵の見学をされていかがでしたか?
野口涼太(以下、野口) お陰様で良い機会をいただきました。酒米の浸漬を拝見しながら、純米酒用の酒米と大吟醸酒の酒米の磨き方、米のサイズを比較できたり。酒の香、酒樽の中でぽこぽこ発酵する音ー酒は生きている、そう実感できました。
渡邊 他の酒造メーカーだと工程や設備の見学が主ですが、うちの酒蔵見学はまさに体験。昔ながらの酒蔵の内部はもちろん、仕込み水、米、蔵人の働きなど、私達の純米酒造りを間近で感じていただけたら。
野口 実際のもろみも初めて見ました。こうして見学させていただき、日本酒をより身近に感じました。
渡邊 明日の早朝から、いよいよ酛摺りになります。生酛は1年でタンク1本分しか醸しません。何故、酒蔵見学を続けるかというと、いまのお客様は好奇心が強く勉強熱心で、こうしたストーリーや知識を大切にされるからです。酒造りを知ることで、日本酒、とくに地酒ファンが増えてくれれば嬉しいですね。
野口 その酒の貴重さが、今回、よくわかりました。当ホテルでも、お客様にご提供するお酒のストーリーをお話しすると喜ばれます。ですので、スタッフも今回のような勉強の機会を逃さないように努めています。
渡邊 野口さんからのご依頼は「金谷流和風ビーフシチューに合う純米酒」でしたよね。
野口 はい。そのペアリングの考案のために、渡邊社長には事前に和風ビーフシチューを試食していただきました。いかがでしたか?
渡邊 ビーフシチューですから、もったりしているかと思ったんですよ。でも一口食したら、風が吹くようで、洋食なのに和食の爽やかで綺麗な酸味が心地よい。味噌や醤油も入っていますよね。日本酒のペアリングの可能性を広げてくれる一品で、ワクワクしました。大根が入っているのもユニークですね。
野口 ありがとうございます。ビーフシチューに大根が入るのは、たしかに珍しい。
渡邊 ペアリングのご提案の前に、うちの純米酒をテイスティングしてもらいましょうか。まずは稀少な「純米大吟醸 清開」から。山田錦、精米歩合40%です。
野口 これは抜群ですね。華やかで、一口で日本酒のモードになる。乾盃もフィニッシュも、これでいけますね。
渡邊 華があって、口が酒に覚醒するでしょう。続いて栃木産の酒米、五百万石が55%の「純米吟醸 日光誉」を。
野口 きりりとしていますが、そこはかとない甘味を感じます。お刺身が欲しくなりますね。
渡邊 口当りもいいし、爽快でしょう。白身魚も合いますが、鮪のお刺身もいいですよ。それでは、いよいよペアリング候補ですが、まずは「純米原酒 きざけ日光誉」を冷やで。精米歩合60%、アルコール度数は高めで、18度以上19度未満。
野口 しっかりとした味わいと風格です。和風ビーフシチューの旨味とコクに負けないし、酸味が映えそうです。
渡邊 次は「生酛純米酒 尊徳」をぬる燗で。
野口 これも和風ビーフシチューによさそうです。
渡邊 この酒は温度を上げると甘味とコクがより豊潤になるんですよ。だから、和風ビーフシチューに合う。ホテル内は温かいから、燗の温度は人肌くらいがいいでしょうか。
野口 私はシチューに合う酒は冷やだと考えていたのですが、渡邊社長のご提案は流石ですね。当ホテルでも、渡邊佐平商店の純米酒と金谷流懐石料理のペアリングをお客様にご提案していきたいです。日光栃木の銘酒をより多くの方に知っていただき、愉しんでいただけたら嬉しいですね。
野口 渡邊社長は「地酒とは純米酒」をテーマに、純米酒造りに拘られています。
渡邊 渡邊佐平商店は天保13年(1842)創業ですので、日光市の今市で純米酒を造り続けて、今年2025年で創業183年になります。それだけ長く今市で純米酒を醸してこられたのも、日光が酒造りに恵まれた土地、風土であるということですね。
まず、水の恵み。酒蔵見学でもご覧いただいた仕込水。水の良さがあります。今市は華厳の滝を源流にした大谷川の扇状地に位置しています。優れた地下伏流水の通り路にあります。当店の築百年以上の木造家屋の入口付近には井戸があります。その井戸水は、実際に、酒の仕込みに使われている水です。深さは15mくらい。
野口 先ほど少し飲ませていただきましたが、口あたりがとてもまろやかなお水ですね。
渡邊 じつに良質な伏流軟水です。その清水が、酒造りには大量に必要です。そして、米の恵み。水の良い土地には良い米が育つ。「純米吟醸 日光誉」に使用する酒造好適米「五百万石」、「清開」を醸す栃木のブランド酒米「夢ささら」は、地元今市の米農家さんに作ってもらっています。「尊徳」に至っては酒米「とちぎ14」を全量使用、酵母も栃木県が開発したもので、生粋の地酒です。酒米を作る田んぼもすぐご近所で、いつでも見に行けます。
野口 渡邊社長は「良い杉が育つところでは良い酒ができる」とも仰言っていますよね。今年2025年は日光杉並木街道の植樹400年に当たります。
渡邊 昔から蔵人たちはそう言いますね。新酒が出荷される2月、3月に飾る杉玉に象徴されるように、酒造りと杉には深い縁があります。杉が良く育つ土地は雨量の豊富な山辺の斜面地。土も肥よくで水はけもいい。そういった土地には伏流水の網目があり、稲作にも適しています。つまり、土の恵みです。
気候にも恵まれています。雨雪が多く湿度が高いことと、日光連山から吹き下ろす冬の寒気は、仕込みには打ってつけなのです。また、日光杉並木街道は例幣使街道にも通じていて、江戸栃木宿の交通の要所でした。ですので、今市は酒を造るのみならず、商うにも適した土地でした。
野口 大正期からは、時代を追うごとに鬼怒川温泉郷も拓け、日本酒の需要も跳ね上がりました。
渡邊 そうですね。お酒を呑んでくださる人が増えないと、酒造りは育ちませんから。今市は様々な理由から酒造りに恵まれた土地です。温泉場に近づくほど水は硬くなるので、今市は絶妙な距離にあるのでしょうね。
野口 当ホテルのお客様は、渡邊社長のお話にもあった〝ストーリー〟に敏感です。海外からのお客様も知られざる日本の姿や伝統に関心があります。私自身、お酒の味や品質もそうですが「日光の歴史ある酒蔵が醸す、原料100%栃木産の地酒」というストーリーは、お客様にお酒をお薦めしやすくなります。昔ながらの酒徳利に入った「日光誉」もいい味があって、お食事の場を盛り上げてくれますね。
酒蔵や店舗を見学した後に、実際に、金谷流懐石料理と共に「清開」や「尊徳」をご賞味いただくのも良い流れです。「尊徳」のぬる燗はすき焼にも合いそうですね。
渡邊 鬼怒川金谷ホテルさんと共に、新たな日光純米酒のストーリーが紡げたら嬉しいですね。ワインもいいのですが、和食にはやはり日本酒を合わせていただきたい。とくに那珂川産鮎や八汐鱒、日光湯波、栃木の山菜等が提供されるのであれば、ぜひ、日光の地酒をお選びいただきたいですね。
野口 当ホテルも、お客様と日光鬼怒川とのご縁をさらに深めて、お繋ぎすることができれば。それはまた新たな日光鬼怒川のストーリーになっていくと思います。渡邊社長、本日はありがとうございました。
(取材協力 渡邊佐平商店 代表取締役 渡邊康浩さん )
2025年2月掲載
所在地: 〒321-1261 栃木県日光市今市450
当館より車で約25分※カーナビゲーションをお使いのお客様は、施設名称もしくは電話番号で検索して頂けますようお願いいたします。
営業時間:8:00-18:00渡邊佐平商店の酒蔵見学をご希望の方は、前日までに店舗へお申し込みください。
電話: 0288-21-0007
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