issue 28

最年少で栃木県伝統工芸士に認定、色彩アーティストとしても多彩に活躍する西形彩さん。
染織家としての姿、「ホテルクオリティをご家庭でご賞味いただきたい」金谷菓子本舗とのコラボレーション「アソートビスケ(Coloré/コロレ)」についてお話を伺いました。
ふだんは東京と栃木を行き来して仕事や制作しています。足利市の山中にあるアトリエは実家でもあって、家族の思い出がつまっていますね。両親は栃木県伝統工芸士、姉妹も染織を学びました。
ですので、幼いころから織機が遊び道具でした。緯糸を木管に巻くとか、カセを巻いて玉にするとか。小学生から簡単な織を手伝いました。高校を卒業して改めて父行庵の作品に感銘を受け、弟子入りを決意。最年少で栃木県伝統工芸士になることができました。
でも、あまり伝統へのこだわりはないかな。「つぎになにがつくれるのか」そのときの自分がワクワクときめくものをつくれば、人に響くと信じています。新しい技法や作風のことしか考えていなくて。「根本にあるのは栃木の伝統工芸」と後追いでも知っていただければ。ハイブランドとのお仕事やCM出演も経験しましたが、世界に通じる作品の力、カラーを確立したいと日々奮闘中です。

鬼怒川金谷ホテルといえば、栃木県民にとっては有名なハイクラスホテル。その金谷菓子本舗さんからお話をいただいて光栄でした。お仕事のイメージづくりにとホテルに泊めていただいて、東京の平河町かなやでお食事もさせていただきました。
ホテルのお部屋も目の前に鬼怒川が流れていて。館内の重厚で調和のとれたトーンが素晴らしいし、細部も凝っていますね。歴史を感じる古いものが好きで、スカルプチャードグラスの色彩、アンティークも随所に光って。
その印象の総体が、今回のコラボレーションにつながっています。ビスケを食べた感想は「やさしい和の味」。強すぎず、甘すぎない。缶パッケージに寄せた作品は、金谷に宿泊される大人の女性を思い浮かべ、落ち着いた染物の色彩と質感をベースにしつつ高貴な紫をうちだしました。
ビビットな色彩で手にとっていただけて、お口に入れたらやわらかいお味、そんなイメージで。缶の底には私のサインも入れていただいて。金谷はアーティストシップを大切にしてくださるし、そのセンスの良さがお客様に響くのだと思います。

幼いころは織機の音で起きていました。アトリエを囲む大自然の色彩のなかで育ちました。野鳥の鳴き声にも色はあり、四季折々の草花や紅葉、山の風景はいまも体に染み込んでいます。ここにくると、山のパワーをもらって、清められます。
東京にも織機があって、ある程度の大きさの作品も作業できるようにしています。毎月第1、第3週は栃木、第2、第4週は東京というサイクルで。
作品も制作環境も変化をおこしたい。ここって山奥でしょ?山に来たら車もないので、外出もできません。夜もコンビニがないどころか民家も電灯もすくないし。それもまたいいのかなって。山のアトリエにこもって、ずっとおなじものを食べて。栃木のゆったりした時間と、東京の刺激的な時間がないとバランスがとれないタイプ。
東京で息がつまると、山で一人になったら、またちがう作品が生まれるんじゃないかなと。リラックスしたいときはお酒もよく呑みます。東京で仕事をするようになって気がつきましたが、栃木は名酒蔵がたくさんありますね。毎年、ご招待いただく六本木の日本酒コンクールでも数々の栃木純米酒と出会えて嬉しいです。
都市での生活やルーティンに息づまると、新たなものが生まれないから。鬼怒川金谷ホテルのお客様もそうなんじゃないかなと思います。旅や非日常を求める心って、リラックスタイムではあるけれど、無意識のうちに人生の新しいヒントを探し求めているのかなって。

父の修行は「見て覚えろ」でした。染物の色にせよ織物の糸にせよ、本来、すべて計算と数値なんですが事細かに教えてくれません。ですから、父の仕事の細部は母親に聞いて一生懸命メモして。自分が大人になって独立するころには、もう父の染め方ではなく、自分が編み出した、計算したものになっていました。
栃木古来の宮染や草木染など、いまも好きで尊敬する作家さんたちもいます。修行時代はよくほかの染織物士はどうしてるんだろうとリサーチしました。糸も同種類なのに染まり方がまるでちがったり。
でも、ある段階からは「伝統だけでは自分も作品も変化しない、成長もない」と思うようになりました。私にとってはいつも「つぎはなにがやりたい?」が大切。そして、新型コロナ禍がきて。おおくの糸屋と染料屋が閉業してしまって。色も糸も一から自分で探すことになったんです。「職人」に留まりたくないとも思ったんです。「何回もおなじ物ができる」という職人さんは素晴らしいとは思うのですが、私は「ひとつの個の作品」に価値をみいだしてつくりたい。
今回の金谷菓子本舗さんとのコラボレーション「ビビットカラー」もそんな背景から生まれてきました。20代のころは、流行というか、アートっぽいイラストを描いて染めたりしましたが、もう「色」だけでいいのかな、伝わるのかなって。絵や線描は世界を限定してしまうんですね。
私の根っこにある染や織を用いながら、異なる表現をどうできるか。どうしても染物や織物は色彩も質感もやさしくなってしまうんです。そこがいいところでもありますが、もっと強く人にうったえるもの、ひたすら遊ぶか、刺激的だなと思うことを吸収して「これいいじゃん!」と即決できたら即つくる。染でも織でもない、絵画でもないことをやりたいですね。
草間彌生さんだったらドット。村上隆さんだったらアニメ。奈良美智さんだったら吊り目の女の子。世界中の誰が観ても、一目でカラーというか、個性がわかりますよね。自分の作品も「世界に通じるカラーを確立する」ことが最大のテーマです。死後も永く評価されつづけるゴッホのようなファインアートもいいですが、いま、キラキラしているもの、ワクワクできるものをつくりたいですね。「いまはいま」ですから。

2025年11月掲載

栃木県伝統工芸士・色彩表現。
この世の不確かな世界や、人の心に響きかける作品を、産み出してゆきます。

直営工場で焼き上げた手作りの焼き菓子をオリジナルパッケージに詰め込みました。鬼怒川温泉の旅の想い出に心を込めて。
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