issue 7
鬼怒川金谷ホテルのエントランスやダイニング「JOHN KANAYA」など、ホテル内の随所に大切に飾られ、光を輝かせるスカルプチャードグラス・アートがあります。それらは、フランス・グラスアートの大家、ガブリエル・ロワールの作品たち。たんなる装飾品としてではなく、ジョン・カナヤこと金谷鮮治のおもてなしの精神を象徴するロワール作品の魅力について、ご紹介いたします。
ガブリエル・ロワール(Gablier Loire 1904 - 1996)は1904年、フランス北西部、山と渓谷にかこまれたメーヌ・エ・ロワール県プアンセに生まれました。両親とも信仰の篤いカトリック教徒でした。 そんな家庭環境のせいか、ロワールは幼くして教会芸術に魅せらます。少年期にはアンジェの聖モリス教会の修復作業を手伝い、12世紀のステンドグラス「アレクサンドリアの聖カトリーヌ」に感動したことがきっかけで、本格的にステンドグラス職工をめざします。 1926年にステンドグラス制作の大家シャルル・ロランに師事。シャルトルに移住し、アトリエ・ロワール工房を興しました。家族を養うため、1937年に開催されたパリ万博にたずさわるなど、商業デザインにもとりくんだロワールでしたが、転機がおとずれます。
それは、第二次世界大戦で無残に破壊されたフランス各地の教会堂をめぐる旅でした。ロワールは教会の修復案をデッサンしつつ、中世以来の教会美術と同時代のアートの融合を模索します。 未来のステンドグラス芸術と魂の救済をさぐっていたロワールは、色とりどりのガラスの厚板をコラージュし、砂やセメント、樹脂などで接合する新技法「ダル・ド・ヴェール」を手にします。これにより、伝統的な教会美術のみならず、モダンアートのタッチをステンドグラスによびこむことに成功したのです。
フランス中世教会美術のもつ素朴でやわらかな描線と、現代的な感性の融合。鮮烈な色彩とあたたかな光線で観る者を抱擁する、ガブリエル・ロワールの「光の芸術」が開花しました。
以来、ガブリエル・ロワールのグラスアートは、ステンドグラスや教会美術をこえ、日本民藝運動の濱田庄司や棟方志功がそうだったように、欧州の新たな民衆芸術(フォークアート)として国際的に知られていきます。1996年にロワールは惜しくも亡くなりましたが、没後も評価は高まり、2014年にノルマンディー地方のコンシェ・ガラス博物館で「光の巨匠 ガブリエル・ロワールへのオマージュ」展が開催され、まさに「巨匠」の地位を確立しました。
そんな、ロワール芸術の真価をいちはやく見抜き、正しく評価したのが、ジョン・カナヤでした。 欧州はともかく、日本では無名にちかいアーティストの作品をジョンは熱をこめて蒐集します。さらに、ジョンは、西洋膳所JOHN KANAYAを飾るための軽妙な作品をロワールに依頼しました。その作品、「フルーツバスケット」の雰囲気があまりにも西洋膳所JOHN KANAYAにマッチしていたため、ジョンは、建設中の鬼怒川金谷ホテルのためにも、次々、作品をオーダーしていきます。 なかでも、鬼怒川金谷ホテルのエントランスロビーの天井を飾る大作「天女の舞」は、ロワールの仕事のなかでもユニークな名作ではないでしょうか。日光東照宮神輿舎の天井に描かれた「天女舞楽の図」はつとに有名ですが、「天女」のモティーフをロワールにオーダーしたのが、ジョン・カナヤそのひとだったのです。
「光」そのものを造形しようとしたロワールは、後年、鉄槌で色ガラスを叩き割って造形(sculpture)する、スカルプチャードグラスの技法を駆使しました。ロワールの豪快にして繊細、素朴にして優美な光のアートに、ジョンは魅了されていました。ロワール作品は、日本の浮世絵から多大な影響を受け、油彩で光を追究したフランス印象派の芸術ともちかいといわれますが、モネやマネの絵画を愛好するジョンの琴線にふれたのでしょう。 ジョンはヨーロッパ文化に憧れを抱き、伝統と革新が調和し、東洋と西洋が出逢う「和敬洋讃」を終生追い求めました。そして、日本の伝統的な温泉保養地鬼怒川に、本格的な新リゾートホテルを建設するという夢にむかって一心に邁進していきます。 それでも、ジョンは、日本人のだれもが親しみ、また、日光東照宮との地縁を感じさせる「天女」のモティーフを、ロワールに託すことを忘れていませんでした。 ロワールの奏でる西洋近代の美と、東洋の美と音楽の女神が一体となった「天女の舞」は、ジョンの「和敬洋讃」の理想を象徴し具現する光のアートとなったのです。
鬼怒川金谷ホテルの完成を見ずに他界したジョン・カナヤですが、この「天女の舞」とは対面をかなえることができました。その作品の仕上がりに心打たれたジョン・カナヤは、「この天女さまたちなら、私の代わりにお客様を十分おもてなしくださるだろう」と、満足げにつぶやいたそうです。ガブリエル・ロワールのスカルプチャードグラスは、鬼怒川金谷ホテルで、ジョンの夢とともに、静かに光をはなっています。
2019年9月掲載
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