
詩人
石田瑞穂
春の鬼怒川や奥鬼怒の山野を歩く愉しみは、梅桃桜、菜の花を愛でることのみならず、芽吹く若菜もおおいに悦びをあたえてくれる。
せり、なずな、ごぎょうではじまる春の七草はもちろんのこと、枯れ藪の枝先に青々と灯るたらの芽、棚田のふきのとう、路傍のぜんまいやわらびを発見するだに心踊る。江戸時代の大阪俳諧師、小西来山の詠むがごとく、
青し青し若菜は青し雪の原
と、ぼくは、春の息吹そのもののような青に浮かれ騒いでしまうのだ。
春菜の魅力は五感で味わえることにもある。色彩のみならず、山菜固有の心地好い苦味と芳香は、まさに「青し」と讃嘆せずにはいられまい。なにより、植物の赤ちゃんともいうべき、ちいさく儚い見目の愛らしさ。そうした特長ある春菜のなかでも、ぼくはつくしを愛する。土に生える筆という名も、詩人の魂をふるわすネーミングだし、あの宇宙的なフォルムをした胞子穂やそこから散る粒子状の胞子、食すときに大変な思いをしてとりのぞく袴さえ、じつにチャーミングなのだ。
卵黄に掻きまぜられし土筆
阿波野青畝の春の句は、即物としての俳味なら、土筆の玉子とじ。土筆のオムレツなんて逸品もよいかもしれない。けれども卵黄を一面に咲くたんぽぽやかたばみの花ととれば、春の野の美味しそうな情景が想い浮かぶ。
そんな春先の旅行で、ぼくが鬼怒川金谷ホテルにもちこんだのは、尾形乾山窯「春野角向付」(江戸時代)である。箱書は永楽善五郎。京焼の地にたっぷり間と余白をとり、とぼけて愛嬌ある絵付だが、大胆に描かれたぜんまいと比べ、土筆とすぎなは筆の命毛だけで繊細に描き込まれている。琳派らしい風趣で、若草の青も発色よい。
その器に、青山総料理長が若菜を盛り付けてくださった。器と料理が奏でる景色はまさしく松尾芭蕉翁高弟去来の、
老いの身に青みくはゆる若菜かな
である。乾山窯は平安貴族的な画調が大半だけれど、春の柔らかな新芽や山菜を盛るなら、このくらい肩肘はらず懐の深い絵図が好ましい…などと自讃の独酌。春の青を格別な肴に、栃木の銘酒で愉しく酔うのであった。

石田 瑞穂
詩人。代表詩集に『まどろみの島』(第63回H氏賞受賞)、『耳の笹舟』(第54回藤村記念歴程賞受賞)、新刊詩集に『Asian Dream』がある。左右社WEBで紀行文「詩への旅」を連載中。
「旅に遊ぶ心」は、旅を通じて日本の四季を感じ、旅を愉しむ大人の遊び心あるエッセイです。
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