連載エッセイ 旅に遊ぶ心

2026 autumn

山の精と遊ぶ

山の精と遊ぶ

詩人

石田瑞穂

秋の行楽といえば紅葉狩り、お月見、きのこ狩り。「松茸」という和語が初めて登場したのは平安時代の『拾遺和歌集』とされる。江戸時代の俳聖与謝蕪村に、

  君見よや拾遺の茸の露五本

という句がある。蕪村は門人の毛条に招かれ、宇治田原へきのこ狩りにでかけた。けれども老蕪村は若者の健脚について行けない。

独り寂しく山中で休んでいると、ふと傍に松茸を発見。「これが拾遺和歌集に名高き松茸ぞ、しかも五本!」と歓声が聴こえてきそうだ。当時、新鮮なきのこはとても貴重で、青物市のものは乾物や塩漬けばかり。生の松茸は高嶺の花。庶民は絵読物や落語からその味香を想像するほかなかった。

ぼくにも思い出がある。東京から那須町に移住した老婦人がきのこ狩りにつれていってくれた。家の裏山はきのこの宝庫でマイタケ、クリタケ、ナメコ、カキノキダケそして乳茸が採れた。地元の方は乳茸を「チタケ」と呼んでいた。茶色のごくありふれたきのこだが、身を割ると乳液のような白い汁がでてくる。そのままでは美味しくないが、うどんつゆや鍋の出汁として、栃木では昔から重宝されてきた。「山にぼし」という別称もあるそうで、きのこなのに魚介に似た風味がある。

乳茸はお盆から秋が旬。老婦人が農家の奥さんから習ったという手打ちうどんを、茄子を油で炒め乳茸で出汁をとった濃い味のつゆで啜る。自分で採るきのこの味は格別で、山辺の秋のごちそうだった。昨今は熊騒動もあり山中できのこ狩りというわけにもゆくまい。せめて料理で供される旬のきのこをありがたく味わい、すこし遠くからでも山の精とふれあいたい。

石田 瑞穂

石田 瑞穂

詩人。詩集に『まどろみの島』(第63回H氏賞受賞)、『耳の笹舟』(第54回藤村記念歴程賞受賞)など。最新詩集に『流雪孤詩』(思潮社)。

「旅に遊ぶ心」は、旅を通じて日本の四季を感じ、旅を愉しむ大人の遊び心あるエッセイです。